知らんけど

おひさしぶりです。

 

 

 

最初に断っておくけど

このブログを通して

言いたいことってのは

特にない。

 

 

 

 

 

「幸せ=A×B」

とすると

AとBに入る言葉は?

 

みたいな話をこの間聞いて。

 

それぞれAとBに入る言葉を

考えてから次に進んでね〜

 

 

 

 

 

 

 

ある友人は

「サッカー」×「友達」

 

ある友人は

「人との繋がり」×「笑い」

 

 

 

 

 

 

素敵。

こんな人生送れたらハッピー。

 

毎日サッカーできて…

毎日友達と会えて…

毎日笑いあえて…

 

超幸せ…?

 

 

 

 

こんな本があるんだけど

「毎日が幸せだったら、毎日は幸せと言えるだろうか?」

 

さとうみつろうさんの本。

 

 

毎日サッカーできて…

毎日友達と会えて…

毎日笑いあえて…

 

 

これ毎日できたら

幸せって感じる?みたいな。

 

 

自分はこの意見に

半分賛成だし半分反対。

 

 

毎日サッカーできて…

毎日友達と会えて…

毎日笑いあえて…

 

こんなの絶対楽しいし

こんな世界があるなら飛び込みたい。

 

 

でも

毎日サッカーできたら

毎日友達と会えたら

毎日笑いあえたら

 

もっと高いレベルを望むような気もする。

 

もっと良い環境で良い相手と味方と

サッカーしたいなーとか

もっとたくさんの仲の良い

友達と会いたいなーとか

もっともっともっともっと

笑いたいなーとか

 

 

 

そしたら、

毎日は幸せって言える?ってね。

 

 

 

 

 

 

自分が出会った永崎裕麻さんは

 

「幸せ=喜び×悲しみ」

 

みたいな言葉を入れてた。

 

 

 

 

人って環境に左右されて

当たり前なものには

特別な感情を抱かない。

 

だから当たり前っていう

自分のフィルターを外すと

案外近くに幸せは転がっていて。

 

例えば

毎日ごはんたべれるし

毎日安全に眠れるし

 

これって自分たちにとっては

幸せでもなんでもなくて。

 

でも

環境が変われば

これは幸せになって。

 

 

 

当たり前の対義語は

ありがとうで。

 

有り難い

=あることが難しい

=めったに無い

↔︎当たり前

 

日常の当たり前に

ありがとうって

思えると面白いのかなとか。

 

 

 

 

 

 

「幸せ=喜び×悲しみ」

 

ってすごい良い考え方だなって。

 

ほとんど全員の人が

AとBに自分にとって

プラスなモノを入れたはず。

 

でも、マイナスがあっての

プラスなんだなって。

 

全てがプラスだったら

そのプラスはいつかマイナスになるかもで。

 

絶対マイナスってのは生まれちゃうもので。

 

って考えてると

いま何かで悩んでる人も

何かにつまづいてる人も

 

それは未来の幸せへの

助走で。

 

 

 

だからって

悲しみに飛び込む必要はないし

悲しみを我慢する必要はないし

 

でも

悲しみに向き合ってみると

それが教えてくれるモノってある気がして

 

それこそ

幸せの要素になってると思ったら

悲しみすら幸せな気がして

 

なんか矛盾してるんやけど

そんな考えって素敵な気がする。

 

 

 

でも

相対的に考えてしまうんじゃなくて

絶対的に考えれるようになったら

面白いんじゃないかなーと思って。

 

 

 

他人と比べて

年収が劣るから自分がダメとか

点数が低いからダメとか

過去の自分と比べて

怠けてるからダメとか

今の方が楽しんでないからダメとか

 

そんなことはなくて。

 

今の自分にとって

楽しくて素敵であれば

それで良いじゃん。

 

だって自分の人生だもん。

 

過去を生きてるわけでも

未来を生きてるわけでも

他人のモノを生きてるわけでもない。

 

 

今の自分を信じたら?

 

喜びも悲しみも受け入れながら

少しずつ進めばいいんじゃね?

 

知らんけど。

 

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