LIFE is ART

おひさしぶりです。

 

1ヶ月に1回更新できればなー

と思ってやってるから悪しからず。

 

今週で3回生もオワリ。

来週からはひたすらサッカーの毎日。

が向こう1年続く予定です。

 

きっとラスト1年になるであろう

京都での生活。

 

ただ寺とか神社とか日本っぽい感じが

好きっていうだけで

京都の大学に進学してみたけど

それは正解だったように思う。

 

コーチになって監督になって

プロのカテゴリで指導するって

自分が中学生のときに描いた

ほとんどの夢は叶ってしまった。

 

そしていま感じてるのは

自分は小さな世界で生きてきたなあ

ということ。

もっと大きな世界を生きたいなあ

ということ。

 

自分の知ってる世界って

この世界の何パーセントなんだろう

って考えてみても想像できない。

それくらい小さな世界。

 

せっかくこの世界に生まれたんだから

自分の世界が小さいって気づいたんだから

自分の世界を大きくしようとする

ことぐらいやってみようと思う。

 

けど

自分の世界を大きくした先には

もっと大きな世界があって

すべてを知ることなんてできないし

ゴールなんてあるわけもないけど

 

大きくしようとする行為には

価値があると思う。

 

もっと大きな世界があることに

目を背けて生きていくことも

気づかないふりをして生きていくことも

気づくことすらなく生きていくことも

できるかもしれない。

 

でもなんでやるかって

そうしたいからで

そうするしかないから。

 

ヒトのゴールは死ぬときかなー

って勝手に思ってるけど

そのときに

「世界って大きかったなあ」

と思いたい。

 

大きな世界で

たくさんの色を集めたい。

 

 

いっけーさんも言っているように

COLORFUL » 世界と旅とこれからの話。

 

たくさんの経験を

たくさんの感情を

たくさんの視点を

集めたい。

それが自分の色になる。

 

でも

色を集めることと

なにかを描くことは違って。

 

 

 

自分は

 

描くのはもっと先でいいかなあ

まずは色を集めようかなあ

と思う

 

どんな作品になるかは分からないけど

たくさん色をもってたほうが

おもしろい作品が描ける気がする

 

その作品ってのが

自分の人生なので

 

人生とは芸術なのです。

 

『一生がアートだ。死ぬときに、「自分という作品」に感動したいだけ。』高橋歩

 

®️ist

 

 

この世界と身体のどこかで

あけましておめでとう。

 

今年の年末年始は

友達と会って食べて飲んで話して。

 

地元でフル充電した。

 

帰省をむかえてくれる歓迎感も

お互い帰省して会う特別感も

なんか好きだ。

 

地元は海があるから好きだ。

 

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海の色が好きだ。

海は青いらしい。

青だけど波がたてば白い。

緑みたいな青もあれば、黒に近い青もある。

 

海と空が相まったら素敵だ。

 

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夕暮れとなれば違う顔を見せる。

なにか物憂げで。しょんぼりするような。

 

 

海と空が相まったら素敵だ。

 

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朝明けとなれば違う顔を見せる。

なにか明るくて。わくわくするような。

 

でも夕暮れと朝明けは紙一重

 

 

実は

2枚目の写真が朝明けで

3枚目の写真が夕暮れだ。

 

 

 

 

 

 

 

嘘だけど。

そう言われても

信じてしまう人もいそうだ。

 

水平線の上に太陽が乗り

水平線が柑子色に光る

その瞬間は同じで。

 

 

 

自分たちは勝手に物語をつくっている。

 

 

 

 

昼がんばって僕たちを照らした太陽に

「おつかれさん」

という気持ちを込めて。

それと一緒にがんばった僕たちに

「おつかれさん」

という気持ちを込めて。

 

なにかしょんぼりする。

 

 

 

これからの昼を照らす太陽に

「がんばるぞ」

という気持ちを込めて。

それと一緒に夜を休んだ僕たちに

「がんばるぞ」

という気持ちを込めて。

 

なにかわくわくする。

 

 

 

太陽は沈んだ後も

ずっと世界のどこかを照らしているのに

 

身体は寝た後も

ずっと身体のどこかを使って回復しているのに

 

自分たちは自分たちが

意識して感じることのできるところしか

見えてないみたいだ。

 

 

 

だから

 

太陽が出てきたときに

「他の世界を照らしてくれてありがとう。

    しっかり休んでね」

 

朝起きたときに

「身体を回復させてくれてありがとう。

    しっかり休んでね」

 

って思いたい。

 

 

 

そんな世界は平和だと思う。

 

海も空も平らで和やかだ。

 

®️ist

表と裏とゼロ

おひさしぶりです。

 

 

 

あと1週間で今年もオワリ。

 

悲しかったこと

やり残したこと

たくさんあるけど

 

嬉しかったこと

やりきったこと

もたくさんある。

 

ヒトはプラスの感情を記憶しやすい

みたいな性質があるけど

 

マイナスがあるからプラスがあるわけで

そこも大切にしたいなって思う。

 

やっぱりモノには表と裏があって

それは一見違うもののようだけど

表裏一体って言葉があるように

それはやっぱりひとつのもの。

 

 

 

 

 

表と裏

その境目がないのはずるい。

 

A4用紙にしても10円玉にしても

表があって裏があるのに

その境目には気づかない。

 

 

境目があれば

 

 

表で嬉しいことがあって

境目に近づいてるって分かれば

裏の悲しいことに対して

心の準備もできるのに。

 

裏で悲しいことがあって

境目に近づいてるって分かれば

表の嬉しいことのために

頑張ることもできるのに。

 

 

 

なにが言いたいかっていうと

自分たちの感情にゼロがないということ。

 

 

 

美味しいごはんを食べればプラスで

テストで良い点を取れればプラスで

かわいい子と付き合えればプラスで

 

ごはんが美味しくなければマイナスで

テストの点数が悪ければマイナスで

かわいい子に振られればマイナスで

 

 

この世界は大変だ。

プラスじゃないことはマイナスだから。

でもそんなことない。

良くないことは悪いことじゃない。

 

それはあくまで良くないことで。

それはゼロでしかなくて。

 

マイナスなことって

そんなにない気がするわけで。

 

 

 

でもこれって自分たちの

当たり前の基準が高いからで。

 

そんな自分の色眼鏡を外して

自分の眼でこの世界を見直したい。

 

自分の人生には当たり前が溢れてる。

同じ場所に留まっていては

当たり前を当たり前と気づかない。

 

自分のなかの当たり前を減らせるように。

それが多様性を認めることで。

それこそがヒトの優しさじゃないのかなって。

 

 

 

来年からまた新たな挑戦が

始まる予定です。

まずはそれを当たり前と思わず

有り難いと思うこと。

 

 

来年は

「ありがとう」

と思える回数を増やそう。

 

 

 

 

 

 

P.S.

夏に始めたこのブログも

季節をまたいで年をまたごうとしています。

細々と続いている理由の1つには読んでくださっている方々の存在があります。

いつもありがとうございます。

来年以降もよろしくお願いします。

 

®️ist

 

 

 

 

 

 

 

 

人という字は人と人が支え合って出来ているわけではないらしい

こんばんは。

 

 

 

 

 

 

 

サッカーって誰がするって

人がするもので。

 

いくらサッカーを知ってても

人を知らなかったら

サッカーにならなくて。

 

逆に人を知ってても

サッカーを知らなければ

サッカーにはならないんやけど。

 

結局両方大事でって話。

 

 

 

 

 

日本ってサッカーそんな強くなくて

最近でこそロシアW杯で

強豪ベルギーを追い詰めて

みたいなことがあるけど

 

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やっぱりベスト8の壁は厚くて

自分は世界で16番以内てすごない?

て思ってしまうけど

やっぱりもっと上が良いのも事実で。

 

 

 

 

 

 

最近は海外でサッカーを学ぶ人

ってのが増えてきて

そんなサービスもあって

すごい世の中になったなあと思う。

 

やっぱりサッカー強い国には

強くなるための仕組みがあって

それを学んで日本に還元しよう

って素晴らしいことで

自分にはなかなかできないことで

尊敬してしまう。

 

 

 

でもその人たちが発信することに

なんか違うなって思うことも

ときどきあったりして

これは勝手に思ってるだけだから

どうでもいいんやけど。

 

 

 

「人が抜け落ちてる感」

っていうのがあって。

 

どういうことかって言うと

 

海外はこんなことしてるから

日本も真似しようぜとか

 

海外のデータはこうだから

日本もこうした方がよくね

 

みたいな。

 

 

 

言い換えると

 

パンって美味しいから

米粉パン作ったよみたいな。

 

 

 

いま、

わかりにくく説明したよ。

 

 

 

 

まあそんなんはいいんやけど

日本をもっと強くしたいんなら

もっと日本を知らないとダメやと思う。

 

日本をっていうか

日本人を。

 

やっぱり日本人って独特で。

 

朝早く来て働いて

勤務時間すぎても働いて

夜遅くに帰って

それを勤勉だみたいに捉えたり

 

毎日お祈り行かないのに

PK戦になったら

手を組んでなにかに祈ったり

その対象はだいたい神様なんやろうけど

お前にとっての神様なんなん

 

みたいな。

 

 

 

 

特に

サッカー強い国の人間と

日本人って違うと思ってて

 

違う人間がサッカーするんやから

同じようにやってもダメちゃう

とは思ったりしてて。

 

みんなサッカーにフォーカスして

人間が抜け落ちてるな〜

って思ったりする。

 

 

 

 

 

で、

 

日頃から生きる死ぬを賭けてサッカーしてた

ブラジルの同い年のジェズスには勝てなくて

 

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現に彼は

マンCで活躍してるのに

自分は

ウイイレで彼を使ってるし

 

 

 

サッカーの試合中に

死ぬ気でボール追いかけろ

とか言われたことある気がするけど

死ぬ気になんてなれなくて

いくら頑張っても

死ぬ気の70%くらいしか出なくて

もはや死ぬ気って死にそうなときに

勝手に出るものだから

出そうと思って出るものじゃないし。

 

 

 

でも地球の裏側で

ジェズスは本当に死ぬ気で

ボール追いかけてたんだろう。

勝手に死ぬ気が出てたんだろう。

 

 

 

 

そんな奴には勝てなくて。

勝つ気にすらなれなくて。

 

 

 

 

 

 

 

自分たちは世界的に見たら裕福で

 

財布を盗られるリスク

なんてほぼなくて

下校中に連れ去られるリスク

なんてほぼなくて

飯を食えないリスク

なんてほぼなくて

サッカーできないリスク

なんてほぼなくて。

 

だから

駆け引きとか

危機察知能力とか

サッカーの本気度とか

 

 

きっと勝てないんだろうなって思うと

日本人って

サッカー向いてないんじゃね?

とか思うけど

 

 

 

 

そんなことはなくて。

 

どの学校にもボールはあって

安全にボールが蹴れる環境もあって

栄養満点のご飯たべれて

普段の生活に余裕があるし

謙虚に相手のことを考えられるし

協調性が高いし

 

って考えたら

日本も負けてなくね?

って思ったりして。

 

 

 

そのためには

海外と同じじゃだめで。

だからって

日本万歳ってなるのが良いわけじゃなくて。

融合が良いはずで。

 

そのためには

もっと自分たちのこと知るべきで

色んなことを知るべきで

サッカーだけしか頭にない人は

サッカーうまくならない。

と勝手に思ってて

 

 

 

だからもっとアンテナを張って。

色んな場所に。

 

 

 

 

 

 

結局

いつも通り

言いたいことは特になくて。

 

 

サッカーは人がするもので。

 

 

これはサッカー以外もそうで

 

世界は人が作るもので

人が作ってきたもので

これからも人が作っていくもので

 

人ってすごいなって思うのです。

 

 

 

 

あれ

 

自分で書いたけど

 

「ちょっとなに言ってるか分からない」

 

 

 

®️ist

 

知らんけど

おひさしぶりです。

 

 

 

最初に断っておくけど

このブログを通して

言いたいことってのは

特にない。

 

 

 

 

 

「幸せ=A×B」

とすると

AとBに入る言葉は?

 

みたいな話をこの間聞いて。

 

それぞれAとBに入る言葉を

考えてから次に進んでね〜

 

 

 

 

 

 

 

ある友人は

「サッカー」×「友達」

 

ある友人は

「人との繋がり」×「笑い」

 

 

 

 

 

 

素敵。

こんな人生送れたらハッピー。

 

毎日サッカーできて…

毎日友達と会えて…

毎日笑いあえて…

 

超幸せ…?

 

 

 

 

こんな本があるんだけど

「毎日が幸せだったら、毎日は幸せと言えるだろうか?」

 

さとうみつろうさんの本。

 

 

毎日サッカーできて…

毎日友達と会えて…

毎日笑いあえて…

 

 

これ毎日できたら

幸せって感じる?みたいな。

 

 

自分はこの意見に

半分賛成だし半分反対。

 

 

毎日サッカーできて…

毎日友達と会えて…

毎日笑いあえて…

 

こんなの絶対楽しいし

こんな世界があるなら飛び込みたい。

 

 

でも

毎日サッカーできたら

毎日友達と会えたら

毎日笑いあえたら

 

もっと高いレベルを望むような気もする。

 

もっと良い環境で良い相手と味方と

サッカーしたいなーとか

もっとたくさんの仲の良い

友達と会いたいなーとか

もっともっともっともっと

笑いたいなーとか

 

 

 

そしたら、

毎日は幸せって言える?ってね。

 

 

 

 

 

 

自分が出会った永崎裕麻さんは

 

「幸せ=喜び×悲しみ」

 

みたいな言葉を入れてた。

 

 

 

 

人って環境に左右されて

当たり前なものには

特別な感情を抱かない。

 

だから当たり前っていう

自分のフィルターを外すと

案外近くに幸せは転がっていて。

 

例えば

毎日ごはんたべれるし

毎日安全に眠れるし

 

これって自分たちにとっては

幸せでもなんでもなくて。

 

でも

環境が変われば

これは幸せになって。

 

 

 

当たり前の対義語は

ありがとうで。

 

有り難い

=あることが難しい

=めったに無い

↔︎当たり前

 

日常の当たり前に

ありがとうって

思えると面白いのかなとか。

 

 

 

 

 

 

「幸せ=喜び×悲しみ」

 

ってすごい良い考え方だなって。

 

ほとんど全員の人が

AとBに自分にとって

プラスなモノを入れたはず。

 

でも、マイナスがあっての

プラスなんだなって。

 

全てがプラスだったら

そのプラスはいつかマイナスになるかもで。

 

絶対マイナスってのは生まれちゃうもので。

 

って考えてると

いま何かで悩んでる人も

何かにつまづいてる人も

 

それは未来の幸せへの

助走で。

 

 

 

だからって

悲しみに飛び込む必要はないし

悲しみを我慢する必要はないし

 

でも

悲しみに向き合ってみると

それが教えてくれるモノってある気がして

 

それこそ

幸せの要素になってると思ったら

悲しみすら幸せな気がして

 

なんか矛盾してるんやけど

そんな考えって素敵な気がする。

 

 

 

でも

相対的に考えてしまうんじゃなくて

絶対的に考えれるようになったら

面白いんじゃないかなーと思って。

 

 

 

他人と比べて

年収が劣るから自分がダメとか

点数が低いからダメとか

過去の自分と比べて

怠けてるからダメとか

今の方が楽しんでないからダメとか

 

そんなことはなくて。

 

今の自分にとって

楽しくて素敵であれば

それで良いじゃん。

 

だって自分の人生だもん。

 

過去を生きてるわけでも

未来を生きてるわけでも

他人のモノを生きてるわけでもない。

 

 

今の自分を信じたら?

 

喜びも悲しみも受け入れながら

少しずつ進めばいいんじゃね?

 

知らんけど。

 

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®️ist

 

 

 

 

 

 

 

 

見えてるのに見えない

おはようございます。

 

 

今年もあと2ヶ月。

みなさん10ヶ月お疲れ様でした。

 

正月が終わって

あと1年待たなきゃ

正月が来ないのか

なんて寂しくもなったけど

案外正月はすぐそこにいて。

 

正月が去ったあとの

寂しさが嫌だから

もう少し待って

と思うけど

構わずやってきて

また寂しい気持ちになる。

 

 

 

意気揚々と

「来年世界一周」

とか言ってたけど

数年後に延期しようと思う。

 

 

 

それは今の自分が

生きてきた世界が狭すぎるから。

 

ずっとサッカーに関わって

教育についても勉強して

たくさんの人と仲良くなって

楽しく生きてきたけど。

 

自分の知らない世界は

まだたくさんあって

それを日本という国で

もう少し見つけようと思う。

 

 

 

見ると見えるは違うけど

見えるってすごい難しい。

 

自分の目に写ってはいるけれど

自分の頭に写っていない

ことって結構あって

それって見えてるけど見えてない。

 

 

 

 

 

例えば

車の免許をとりにいって

車を運転するようになって

 

はじめて「道路標識」が

見えるようになった。

 

ここって一方通行なんだとか

ここ二段階右折禁止かとか

 

今までも自分の目には

写ってたんだろうけど

自分の頭には写ってなくて

存在を認識してなかった。

 

 

 

日常にはこんなことだらけで

知らなければ見えない

ものってたくさんある。

 

だからたくさん知ろうと思う。

 

でも

大人になってきて

他の人の心とか

目に見えないものまで

見えるようになってきて

 

子どもの頃は

他の人の心なんて見えないから

自分の好きに生きてきたけど

 

大人になってきて

他の人の心が見えて

自分を押し殺す

なんてこともできるようになって

 

相手のために

自分が苦しむ

なんてこともあるけど

 

って思うと

知るっていいことばかりじゃないし

見えるっていいことばかりじゃないけど

 

でも

そんなものも見えたうえで

たくさんのものが見えたうえで

色んなものが見えたうえで

自分がどうしたいか選べばいいと思う。

 

 

 

そのために

色んなことを知りたい。

色んな環境に飛び込みたい。

色んな人と繋がりたい。

 

 

だから世界一周は少し延期しようかな。

とさっきふと思った。

 

また気分が変わるかもしれない

でもこのときの自分は

こう考えてたんだって

振り返るために今ブログを書いている。

 

 

 

 

 

 

 

自分は子どもたちに

勉強を教えるバイトもしてるけど

 

そのときに

「なんで二次関数とかやらなあかんねん」

とか

「いつ文法なんて使うん」

とか

言われるけど。

 

 

 

正直なんでやらなあかんか

いつ使うんかなんて自分も知らない。

 

 

 

でも知ってたら見えるものは増えて。

見えるものが増えたらたくさん知れる。

 

そんな世界の方が素敵だと思う。

って

 

こんなこと子どもに言っても

「なに言ってんの、ダサ…」

って言われるだけで

 

 

自分が辛くなるんだろうけど

 

でも

いつかたくさんのモノが

見える世界が素敵だなって

思ってくれることを願って

受験生と向き合ってる。

 

 

 

 

 

だから

知らないって大切。

真っ白な状態だから。

 

そこから

色んなことを知って

色んなものが見えて

白に色が加わる。

 

ときには

この色違うって重ねて塗ったり

やっぱり真っ白に戻りたくなったり

迷ったあげく色を混ぜたり

そんなこともあると思うけれど

 

 

 

自分の頭の中にある

真っ白な画用紙に

たくさんの色をつけられるように

 

 

 

 

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色々なことに挑戦して

カラフルな人生を送れたらいいな。

 

®️ist

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公、俺

一昨日のU13。

初めての公式戦勝利。

 

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勝つことより大切なことが

たくさんあるこの年代。

 

これから先が大事なんだよ

なんて自分が言っても

選手たちにとっては

目の前の勝利が大切で。

 

自分たちの思いと選手の気持ちが

融合した先にあるのが

感動や衝撃を与えられるゲームだと思います。

 

 

 

多感な年代。

 

なかなか勝てない。

思い通りにいかない。

 

そんな選手たちに試合前に伝えたこと。

 

 

自分を大切に。

自分に価値をつくれよ。

 

こんなニュアンスの話をしました。

 

自分と本気で向き合えば

自然と仲間とも向き合える

そういうものだと思います。

 

 

帰りのバス。

 

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帰りのバスが一番テンション高い(笑)

 

栄養管理とか色々言われるけど

ひさびさに勝ったんだから

たまにはお菓子食べてもいいよね!

って自由な選手たち(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦しさ。理不尽。

がなければ成長しないのか。

 

自分もこれまで

苦しさや理不尽と戦ってきた。

 

そのおかげで

今があるのかもしれない。

 

 

 

 

ただ…

 

楽しさ。自由。

の中では子どもは成長しないのか。

 

そんなことはない。

 

人間らしく

楽しく

好きに

自由に

 

過ごした先で得られるモノ。

 

 

それこそ一生の財産になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理不尽に耐えられなければ

    社会に出て苦労するよ」

 

「今苦しい思いをしておけば

    これから先が楽だよ」

 

「伝統だから厳しいルール守れよ」

 

そんなの嘘だ。

大人の勝手だ。

 

自分で考えて行動しよう。

子どもの可能性を勝手に決めるな。

無限の可能性がある子どもたち。

その可能性を大切にしよう。

 

サッカーは人生を豊かにするツール。

 

約80年の人生。

サッカーだけではつまらない。

もっと色んなことにチャレンジしようぜ。

 

 

 

間違いを犯すことも

衝突することも

あっていいじゃないか。

 

 

見守ってあげれば

子どもは自然と前に進んでいく。

 

 

 

 

好きに自由に

「サッカー」も「人生」も

表現できたら

素敵な大人になれるよね。

 

 

 

 

人生の主人公はそれぞれ自分自身。

 

選手たちの物語はまだまだ始まったばかり。

 

良い物語を作り上げろよ!

 

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そんなこんなで

毎日サッカー楽しいです!

 

®️ist